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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)3084号 判決 1980年2月29日

控訴人・附帯被控訴人 国

代理人 石川善則 鈴木恒雄 斉藤和博 ほか四名

被控訴人・附帯控訴人 重松久美子 ほか一名

主文

本件控訴及び本件附帯控訴に基づき原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は被控訴人(附帯控訴人)重松久美子に対し金一、三七八万六、六四三円、被控訴人(附帯控訴人)重松キミコに対し金二、二〇五万一、七八二円及びこれらに対する昭和五〇年九月二三日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人(附帯控訴人)らのその余の各請求を棄却する。

訴訟費用(控訴費用及び附帯控訴費用を含む。)はこれを五分し、その一を被控訴人(附帯控訴人)らの負担とし、その余は控訴人の負担とする。

本判決主文第一項の1は仮に執行することができる。

ただし、控訴人(附帯被控訴人)において被控訴人(附帯控訴人)重松久美子に対し金七〇〇万円、被控訴人(附帯控訴人)重松キミコに対し金一、〇〇〇万円の担保を供するときは仮執行を免れることができる。

事  実<省略>

理由

一  本件事故の概要について

請求原因1(二)(亡重松の航空自衛隊における身分)及び2(本件事故の概要)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  国の安全配慮義務について

1  本件事故について、被控訴人らは、本件飛行において亡重松を含む部下四名の編隊機の各機長を指揮統率していた小口編隊長を履行補助者とする控訴人の安全配慮義務違反があると主張し、これに対し、控訴人は、小口編隊長は上司の安全配慮義務を履行する立場にはなく、同人の過失行為をもつて控訴人の亡重松に対する安全配慮義務の違反とすることはできないと主張する。

一般的に、国は、国家公務員に対し、当該国家公務員が国又は上司の指示のもとに遂行する公務の管理に当つて、その生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負つているものと解され、この国の安全配慮義務は、具体的な公務の管理においては、上位の管理者から下位の管理者へとその指示、命令に従い順次委ねられていくものである。これを本件飛行についてみるに、上記当事者間に争いのない事実及び<証拠略>によると、西部航空方面隊司令官が第八航空団司令(及び第五航空団司令)に対し、主要な祝賀飛行実施計画を示して本件飛行の実施を命じ(昭和四四年四月三〇日付西部航空方面隊一般命令第四一号)、この命令に基づき第八航空団司令が飛行群司令(及び整備補給群司令)に対しその実施を命じ(昭和四四年五月一〇日付第八航空団一般命令第四三号)、この命令を受けた飛行群司令が第八航空団第一〇飛行隊長に対し、口頭命令により、本件飛行に関する具体的実施計画を立案してこれを実施すべきことを命じ、同飛行隊長は、この命令を受け、飛行経路、速度、進入開始点(I・P)の通過時刻等の細部の実施計画を定め、同飛行隊の飛行班長であつた小口佳彦一等空尉を編隊長に任命して、小口編隊長に対し、その部下である亡重松を含む四名の編隊機(但し、五番機は予備機)の機長を指揮統率して右実施計画に従い本件飛行を実施すべきことを命じたものであることが認められる。

2  右の場合において、公務である本件飛行の具体的実施を小口編隊長に命じた第一〇飛行隊長が国の履行補助者として亡重松に対して負うべき安全配慮義務は、航空機の整備について十分留意し機材から生ずべき危険を防止し、編隊長にはその任に適する技能、経験を有する者を配置し、本件飛行の実施計画の立案、策定に当つては安全飛行ができるように十分配慮し、また、その具体的実施に当つても、天候等実施の条件を確認するとともに小口編隊長をしてその実施計画に基づき本件飛行を安全に実施させることを内容とするものであり、また、同飛行隊長の命令により本件飛行を実施した小口編隊長は、同飛行隊長の履行補助者として、亡重松を含む四名の編隊機の機長を指揮統率して上記飛行計画を実施すべき権限と義務を付与されたものであるから、その計画の実施に当つては、同計画を忠実に履行し、亡重松らの部下の生命等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負つていたものと解すべきである。

3  ところで、当事者間に争いのない事実(本件事故の概要)及び<証拠略>を総合すると、西部航空方面隊司令官から命令された本件飛行の実施計画の大要は、美保飛行場への進入は日御碕燈台を進入開始点(I・P)とし同地点の進入開始高度は三、〇〇〇フイート(九一四メートル)とされ、また、全コース有視界飛行が可能であり実施場所周辺の雲高五、〇〇〇フイート(一、五二四メートル)、空中視程八、〇〇〇メートル以上であることとされていたところ、編隊が日御碕上空に一五、〇〇〇フイート(四、五七二メートル)の高度で到達した際には、断層雲のため進入開始点を確認することができず、したがつて、右実施計画どおり進入開始点から有視界飛行方式で目的地である美保飛行場に進入することはできない情況にあつたが、通信の中継をした五番機からの情報によれば、美保基地の上空の気象は実施計画どおりに有視界飛行により高度一、〇〇〇フイート(三〇五メートル)で飛行できる情況にあつたことから、そのまま緩徐に高度を下げつつ有視界飛行を続行して美保基地上空に到達しようとし、そのため本件事故を惹起するに至つたものであることが認められる。

4  右認定の事実によれば、本件飛行計画を忠実に履行すべき義務を負つていた小口編隊長は、その義務の内容として、実施計画どおりの気象情況にない場合には、有視界飛行は不可能であり本件飛行を中止して築城基地に帰投すべき義務を負つていたものと考えるべきであるから、したがつて、上記認定のとおり指示された進入開始点を確認することができなかつた日御碕上空から本件飛行を中止して帰投すべきであつたにもかかわらず、低空の雲中飛行を続行したことは、小口編隊長の義務違反となることは明らかである。

5  そして、控訴人が亡重松に対し安全配慮義務を負うべきことは前記説示のとおりであり、控訴人の履行補助者である小口編隊長がその義務に違反して本件事故を惹起せしめ、これにより亡重松を死亡させたことは、控訴人の亡重松に対する安全配慮義務違反となり、控訴人は、本件事故により亡重松に生じた損害を賠償すべき義務がある。

三  損害について

1  (逸失利益)

被控訴人らが附帯控訴により主張する亡重松の逸失利益(別表第一ないし第三)については、その各数額がいずれも被控訴人ら主張の昭和五二年、同五三年に改訂された防衛庁職員給与表及び昭和五二年に改訂された賃金センサスにより計算されたものであることは当事者間に争いがないところ、<証拠略>により認められる亡重松の家族構成等を勘案すると、同人の生活費は、その収入の四割と認めるのが相当であるから、この生活費を別表第一及び第二の各収入から控除し、更に別表第一ないし第三の収入につき年五分の割合による中間利息をライプニツツ方式により控除すると、亡重松の逸失利益の死亡時の現在価額は、別表第五記載のとおり、四、二四五万五五五円となる。そして、<証拠略>によると、亡重松の相続人は被控訴人ら二人であり、その法定相続分は各二分の一であるから、被控訴人らは、相続により各自右損害賠償債権の二分の一に当る二、一二二万五、二七七円(但し、円未満切捨)を取得したものである。

2  (慰謝料)

被控訴人らの慰謝料の請求及びその額については、原判決の理由(四2)説示のとおりであるから、これをここに引用する。

3  (葬祭費)

被控訴人らは、控訴人の本件安全配慮義務の不履行と相当因果関係にある損害として、亡重松の葬祭費、石碑料、墓地代として、各自一五万円を請求する旨主張するものであるが、被控訴人らの本訴請求は、控訴人の亡重松に対する安全配慮義務の不履行を原因とするものであるから、その債権債務関係の当事者でない被控訴人らが本件葬祭費を控訴人に対して請求することはできない筋合のものである。

4  (損害の填補)

被控訴人重松久美子が控訴人から昭和四四年六月から同五四年九月末日までの間に国家公務員災害補償法による遺族補償年金として総額七六七万一、三一九円を受領したことは当事者間に争いがないところ、右遺族補償年金は、国家公務員の収入によつて生計を維持していた遺族に対し、右公務員の死亡のためその収入により受けることができた利益を喪失したことに対する損失補償及び生活補償を与えることを目的とするものであるから、既に被控訴人重松久美子に支給された上記金額については、同被控訴人の損害の填補がなされたものと解すべきであり、同被控訴人の本訴請求額から右金額を控除すべきである(なお、控訴人は、右年金の将来支給分についてもその現在価額を控除すべき旨主張するが、将来支給分の年金については、現実に支給を受けていない以上、損害の填補を受けたことにならないから、右金額を同被控訴人の請求額から控除すべきでない)。また、被控訴人重松久美子は、控訴人から国家公務員災害補償法に基づく人事院規則一六―三、第一九条の一〇の規定による遺族特別給付金として、昭和五二年四月一日から同五四年九月末日までの間に五九万三、八二〇円を受領したことも当事者に争いがないが、同特別給付金も、上記遺族補償年金と同じく、同給付金の受領により損害の填補がなされたものというべきであるから、同金額も被控訴人重松久美子の本訴請求額から控除するのが相当である。更に、本件事故に関し、控訴人が被控訴人らに対し、亡重松の葬祭補償金(被控訴人ら各自七万九、九二〇円)、退職金(被控訴人ら各自三四万三、五七五円)及び特別弔慰金(被控訴人ら各自七五万円)として、それぞれ合計一一七万三、四九五円を支給したことは当事者間に争いがなく、また、右金額は被控訴人らの本件損害額から控除すべきことは、被控訴人らの自認するところであるから、被控訴人らの本訴請求額から右金額は控除すべきである。

5  (弁護士費用)

被控訴人らは、本件請求につき被控訴人ら訴訟代理人に本件訴訟の提起及びその遂行を委任し、その弁護士費用として各自一九〇万円を支払う旨を約したが、この弁護士費用はいずれも控訴人の本件安全配慮義務の不履行と相当因果関係にある損害である旨主張するものであるが、この安全配慮義務の不履行による損害は、亡重松の控訴人に対して有するものに限られるものと解されるところ、本件弁護士費用は、亡重松ではなく、亡重松の相続人である被控訴人らが、その相続により承継取得した権利を実現するために自ら出捐すべき金員であるから、安全配慮義務の不履行と相当因果関係にある損害ではなく、被控訴人らは右弁護士費用を控訴人に請求することはできないものである。

6  (遅延損害金)

被控訴人らは、本訴請求は控訴人の安全配慮義務の不履行に基づく損害賠償請求であるが、人身事故として不法行為に基づく損害賠償請求もできる場合であるから、不法行為に基づく損害賠償請求と同様に、事故発生の日から遅延損害金を付すべきであると主張する。人身事故等の場合のようにその損害賠償の請求につき、その法律構成を債務不履行とすることも、また、不法行為とすることも可能な場合があり、本件事故による亡重松の損害賠償についても同様の関係にあるものと解されるが、被害者が債務不履行による損害賠償を請求している場合には、当該事故が同時に不法行為となる場合であつても、当該不法行為の効果を援用することができないことは、それぞれ請求原因を異にするところから当然のことと解される。そして、本訴請求は、安全配慮義務の不履行による損害賠償を請求するものであり、その債務は期限の定めのない債務であるから催告により遅行遅滞に陥るものと解すべきであるところ、本件請求は、訴状の送達によりなされており、したがつて、本件損害賠償債務は、本件訴状の送達の日の翌日である昭和五〇年九月二三日から履行遅滞に陥るものである。

7  (過失相殺)

控訴人は、本件事故は亡重松の重大な過失により発生したものであるとして、本件損害賠償請求につき過失相殺を主張する。本件事故は、控訴人の安全配慮義務の履行補助者である小口編隊長が本件飛行計画に反する雲中低空の有視界飛行を行つたことに基因するものであることは上記二において説示したとおりであるが、<証拠略>によれば、亡重松は本編隊の次級者として小口編隊長の飛行指揮を補佐する立場にあつたこと及び亡重松は本件飛行につき気象情況等を判断して飛行の中止等の意見を小口編隊長に具申することができたことが認められるが、しかし、小口編隊長に対する意見具申は単なる参考意見の陳述にすぎず同編隊長を拘束するものではないうえ、<証拠略>によれば、小口編隊長は、編隊機の各機長を指揮統率して本件飛行を実施すべき最終責任者であつたこと、また、本件飛行の進入開始点である日御碕上空においては断層雲のため所定の有視界飛行により目的の美保基地には進入できない情況にあつたとはいえ、五番機の通信情報によれば、美保基地上空の気象は、本件飛行計画どおりに祝賀飛行を実施できる情況にあつたことから、小口編隊長は本件飛行計画を完遂すべく高度を下げて地上の位置を確認しながら美保基地まで低空の有視界飛行を続行しようとしたものであることを考え併せると、亡重松が小口編隊長に対し飛行計画どおりの有視界飛行が不可能であるから本件飛行を中止すべきである旨の意見の具申をなさず小口編隊長に追従飛行したことの故をもつて、直ちに亡重松につき過失相殺を相当とする程の自己の危険回避のためになすべき行為を怠つた過失があつたものとはいえないものと解するのが相当である。よつて、控訴人の過失相殺の主張は採用するに由ないものである。

四  以上のとおりであるから、控訴人は、被控訴人重松久美子に対し一、三七八万六、六四三円、被控訴人重松キミコに対し金二、二〇五万一、七八二円及びこれらに対する昭和五〇年九月二三日から各支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務がある。

よつて、控訴人の本件控訴及び被控訴人らの本件附帯控訴に基づき原判決を主文第一項のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条及び第九三条を、仮執行の宣言及び同免脱の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林信次 鈴木弘 浦野雄幸)

別表一ないし五 <略>

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